正解かどうかはわからないけれど

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森鷗外があの世へと旅立ってから、今月で100年だそうです。
その記事を新聞で読んでいて、鷗外を一冊も読んでいないことにふと思いあたりました。
 
―ああ、そういえば『そめちがへ』という短編があったな。
 
早速読んでみました。
 
11ページ15分あれば読み終わります。
ただ、とっつきにくい文章です。
文語体樋口一葉の文体にそっくりです)だし、改行がなく句点は物語のおわりにただ一個あるのみ。とても呼吸が長い文章です。
 

 時節は五月雨のまだ思切悪く昨夕より小止なく降りて、欞子の下に四足踏伸ばしたる猫懶くして起たんともせず、夜更て酔はされし酒に、明近くからぐつすり眠り、朝飯と午餉とを一つに片付けたる兼吉が、浴衣脱捨てて引つ掛くる衣は紺にあめ入の明石、(以下略)

               森鷗外『そめちがへ』岩波文庫、1981年、99頁

 

でも、これを読んで、なるほどな、と思いました。
太宰治が鷗外を「推していた理由がすこしわかった気がします。
 
太宰文学の特徴のひとつに、「饒舌体」があります。
つまり、おしゃべりな文章スタイル。
 
太宰は熱心に落語を読んでいたそうです。
新しい文体をつくろうと苦心していた太宰に、口承文芸が大きな影響を与えたのは間違いないでしょう。
そのなかに『そめちがへ』も混じっていて、文体を確立する上で太宰に何がしかの示唆を与えたのではないか。
正解はわからねど、先に引用した冒頭部分を見るに、まったく無関係とはどうしても思えないのです。
 
さて、太宰が鷗外をどれほど推していたのか。
以下の二つの事実が、その証明になるでしょう。
 
  • 「後世に残るのは、鷗外と俺だけだ」(太宰の発言)
  • 東京・三鷹禅林寺にある太宰の墓は、鷗外の墓と向き合うようにして立っている